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デザイナーに訊く「あのモデルのデザインワーク」 #1 KENSINGTON Ⅱ ―アッパー編―
SHETLANDFOXの歴代モデルを掘り下げて紐解く連載。ファッション好きでもメンズシューズのことは実はよく知らない…そんなブランドSP担当者E子が、開発にまつわるここだけの話をシューズデザイナーから聞き出します!
E子 木型に続いて、次はアッパーのお話を伺いたいと思います。ケンジントンシリーズに使われているこの革には、色が暗い部分と明るい部分があり、とても雰囲気がありますね。
丸山 これはイタリアのイルチア社というタンナーが製造しているラディカカーフという革。あえてムラ感を表現するために手作業で染料をしみ込ませていくタンポナートと呼ばれるハンドアンティーク技術で、タンポナート専門の手塗職人が仕上げています。こちらの明るいブラウンが分かり易いですが、非常に味わいのある美しい仕上げですね。
E子 靴の製造工程の最後にアンティーク仕上げをするのは知っていますが、一枚のフルスキン革の状態からタンナー内で仕上げを施しているんですね。だから革自体に価値がある。
丸山 その通り。ケンジントンIが発売になったのは2009年ですが、この靴をデザインしたその当時は「あの憧れのイルチアのラディカカーフを日本製の靴に使えるなんて!」という思いがけない驚きと嬉しさがありました。
E子 思いがけない驚きと嬉しさですか。
丸山 それはもう相当舞い上がりました。なぜならヨーロッパの名だたる高級シューズブランドがこぞって使っていた革で、そうそう誰でも仕入れられる訳ではないですから。ちょっとシェットランドフォックスがブランドとして認められたような気持ちになりました。
E子 ラディカカーフを使うことができるということは一つのステータスのようなものだったんですね。
丸山 そうですね。今ではケンジントン以外のシェットランドフォックスの製品や、他のブランドでもラディカカーフの取り扱いが少しずつ増えてきています。そういえばケンジントンIの発売当時、一部の靴ファン以外のお客様には、このムラがなかなか受け入れられなかったのを覚えています。染め直して欲しいとか、仕上げ不良と言われたこともありました。今ではすっかり浸透して、一般的にも人気のある革として知られるようになり、ラディカカーフに着想を得た革もたくさん出てきています。
E子 革質についてはどんな特徴がありますか?
丸山 高級な靴にはボックスカーフに代表される堅く丈夫な革が使われることが多く、「堅い革=良い靴」という見方がありました。ボックスカーフに比べると、ラディカカーフはイタリアのタンナーならではの上品で繊細、かつフェミニンさをも感じさせる革です。
E子 実際に使ってみて違いはありましたか?
丸山 それまでは僕もドイツやフランスの革ばかり使ってきました。ケンジントンのメリハリのある木型にこのしなやかなラディカカーフを合わせることで靴にぐっと色気を出すことができましたね。今まで手掛けた靴にはない要素です。
E子 私もなんとなくですが、この靴から色気めいたものを感じていました。なるほど、木型と革の相性がぴったり合ったからなんですね。納得。他にも気になっていることが…。ダブルモンクストラップのこのつま先部分の盛り上がったステッチのようなデザイン。
丸山 この意匠はスキンステッチの技術の一つである「シャドーステッチ」といって、わずか1.5mm程の革の厚みに、貫通しないよう糸を通してステッチ痕を付けていく手法です。まさに職人技です。ストレートチップの一文字のデザインをより凝った技術で粋に表現しています。こちらのUチップのモカにも特徴があるんですよ。
E子 私の知っているモカとは随分違う。学生ローファーのモカのようなごつさがないですね。
丸山 縫い目と縫い目の間のステッチが浮き上がっているのが分かりますか?これは「ライトアングルステッチ」。同じスキンステッチの技術の一つです。外側の革を立て、もう一方の革を直角に合わせて糸が貫通しないように革の内部で縫い合わせる。表面に浮き上がった糸の盛り上がりが表面に響くことでひだのように見えるのです。このように細部まで時間と手間をかけて美しさを追求することから全体の調和を生み出しています。
E子 選ぶ革が靴の醸すムードに大きく関わっていたり、ステッチにも繊細な技術が宿っていたり、やはりメンズシューズは奥が深いですね!
※アッパーの質感の保持を図るため、イタリアの高品質タンナー、ゾンタ社のカーフを使用している時期がございます。
ケンジントンⅡ 担当デザイナー
丸山 睦
実家が家電販売店ということもあり、学生時代は家電デザインを専攻。機能から考える「形」や、使いやすさから考える「形」に興味があります。靴も素材の進化が激しいのでデザインが楽しいですね。